日本核磁気共鳴学会会員の皆様へ
今の状況をむしろ今後に活かして
これほど新型コロナウィルスの影響が長引くとは思いも寄りませんでした。この1年半の自粛により、講義、会議、学会などはことごとくオンラインになりました。最初は慣れなかったこのようなオンライン形式にもだんだんと余裕が出始め、場合によってはオンラインの方が効率がよい場合もあることに気づきました。しかし、失ったことも多かったように思います。人類が社会性をもった動物に進化して以来ずっと、お互い顔を見合わせながら、そして微妙な雰囲気を読み取りお互いの距離を常に測りながら、コミュニケーションを取ってきました。これらはビデオ会議でも幾分かは可能であるものの、やはり実際の対面にはかなわないと痛感した1年半でした。このような中で昨年11月に高崎でNMR討論会(世話人 若松馨先生)が開けたことは、今から考えると奇跡であったかもしれません。この学会がもう一週間遅ければ、おそらく中止になっていたことでしょう。懇親会もなく座席も数メートル離れた状況でしたが、顔を直に見るということに感動した方も多かったのではないかと思います。
さて、今年度の特筆すべきことは、藤原敏道先生が中心となって準備中の第22回 ISMAR (International Society of Magnetic Resonance Conference)が8月に開催されることです。この学会はISMARだけでなく、内藤晶先生が中心となって開催される第9回 AP-NMR (Asia-Pacific NMR Symposium)、片平正人先生が中心の第60回NMR討論会、および、第60回電子スピンサイエンス学会も合わせた合同開催です。多くの努力の末に招致に成功した国際学会がオンラインになったことは少し残念ではありますが、もちろん利点もあります。それはその参加料の安さでしょう。ふつう国際学会といえば7〜8万円の参加料に加え、飛行機代、ホテル代など、かなりの費用がかさみます。なかなか多くの学生さんに参加・発表してもらうわけにはいきません。しかし、今回のオンライン開催ではなんと1万円です(ただし早期申し込み)(学生は現時点でも6,000円)。是非この機会を活用していただければと思います。
この国際学会はリモートとなりましたが、実際のNMRの測定にもリモートが導入されつつあります。つまり、サンプルだけがNMR装置のある場所に郵送されてきます。そして、人がそのサンプルをサンプルチェンジャーのような装置にセットします。後は、インターネットを通して遠くのユーザーがNMR装置を操作します。このような方法は例えばシンクロトロンなどでは普通に行われていたのですが、NMRに関する限りあまり聞かれませんでした。しかし、いよいよこれが浸透しそうな気配が見え始めました。この方法は遠くの、例えば海外のユーザーでも別の場所のNMR装置を使えるようになること、その場所に出向かなくてもよいので臨機応変に予定が組めること、その結果、より大量のサンプルが測定できることなど、かなりの利点が考えられます。これまでは例えば企業ユーザーと大学NMRとの接触は限られていましたが、このリモート操作を導入することによりかなり拡大することでしょう。また、リモート操作の導入は上記のようなことばかりではなく、教育面でも威力を発揮します。これまでの座学セミナーに加えて、NMR装置を使いながら実践的な技術の伝授や交換ができるのです。しかも、大勢に対して同時にです。
今のような極端な状況は一時的であることを期待しますが、たとえコロナが解決したとしても、いちど利点を知ってしまったオンライン(リモート)は今後むしろ拡大を続けるように思います。上にあげた測定法や教育手段だけでなく、企業の宣伝方法も変わっていくことでしょう。これまでのブースや紙面広告による従来の手段はある一定レベルで残りますが、よりインターネット情報を媒体として活用した、もしかすると見たこともないような手段へと移っていくかもしれません。静止画は動画となり、二次元(平面)は三次元(立体)となり、これらの情報の流れが高速になっていくでしょう。ある地点で新旧がバランスをとるでしょうが、その平衡点はまだまだ先にあるように思います。NMRを通して何とか全員が今すでに起こっている、そして今後も続いていくこの変革に残されずについていき共に発展していきたいと願うばかりです。
2021年(令和3年)文月
日本核磁気共鳴学会
会長 池上 貴久